『夜と霧』の翻訳者が語る心理療法の基礎。

Review

「各人は各人の心理療法を持つ」(Jeder hat seine Psychotherapie)
 

(霜山徳爾 1989/2012 『素足の心理療法』 みすず書房 p.148)

霜山徳爾の言葉です。彼はフランクルの『夜と霧』を訳した人として有名です。
人間学的精神病理学を追求していた精神科医でもあります。

霜山が「各人は各人の……」が重要だとして取り上げたのは、心理療法を目指す人たちが、あまりも早く「~療法家」になろうとし、実際の現場で働くために必要なゼネラリストになるのを避けるのをみたからといいます。

現場で働くためには、とにかくたくさんのこころに触れ、そして自分の器量に合う心理療法を追求していかなくてはなりません。

早々に「~療法家」なろうとするあまりに「なんでもわかっている気持ちになる」という、狭い了見をもつ「こころの専門家」に育つのを避けるためともいえます。

カウンセラーを含め、こころの専門家は悩みを抱える人のこころに触れます。そのときに使えるツールは結局のところ、カウンセラー自身のこころしかありません。

自分のこころを通じて、相手のこころに触れる。

それは「~療法」という方法論をとる以前の基本的な人間同士のこころの交流といえます。

霜山の本は、和漢を問わず西洋を含めた古典や詩文の引用によって語っていくという独自の文体で、読みこなすにはなかなか骨が折れます。

語る内容はときには辛辣でありつつも、根底に流れる人間的な温かみを感じ取れます。

「~療法」に拘泥して、目の前にある、悩みを抱えるこころがみえなくなっているとき、再び素足に戻り人間の在り方を問い直すための本。

霜山徳爾『素足の心理療法』(みすず書房)